SNSを使った性搾取事件が韓国で大きな話題となっている。「N番部屋」事件と呼ばれるこの事件は、2018年末からメッセンジャーアプリ「テレグラム」のグループトークで女性の性的な画像や映像を共有していたものだ。
暴力や虐待といえるほどの過激な映像が流布されていたこと、被害者に未成年者も多く含まれていたこと、加害者たちの悪質な手法、そしてその課金制のグループトークのメンバーが少なくとも数万から多ければ26万人に上ると推算されていることなどから、韓国社会を震撼させている。
3月18日には運営者(アカウントネーム「博士」)を含む関係者らが検挙されたが、加害者の名前を公開するよう求める国民請願署名は262万人に達している(26日現在、史上最多)。
女性たちが「N番部屋」の存在を知り問題視し始めたのは2019年秋頃からであった。2020年1月には加害者の処罰を求めた国民請願に20万人の署名が集まり、2月には関係する人物が多数検挙されるなど関心が高まっていた。
性暴力・性搾取問題に取り組んできた市民団体が集まり「テレグラム性搾取共同対策委員会」を立ち上げたのは、同18日のことである。短期間に多くの容疑者が検挙されたのは、警察庁サイバー性暴力専門担当調査チームの熱心な捜査によるものであった。
この事件は日本にとって対岸の火事なのだろうか。モデルのバイトなどを口実に写真を撮り、「契約書」を作成するためとして個人情報を聞き出すことで拒否できないようにし、徐々に要求を高めていく手法はAV出演強要問題を連想させる。
メッセンジャーアプリでの性搾取物の共有も、事件化していないだけで多く存在しているだろうと予想する。
例えば2020年2月には、奈良県の男子中学生がクラスの女子生徒の姿を盗撮しLINEのグループトークで共有する事件が発覚し、男子生徒間で金銭のやり取りもあったことが報道された。中学生でさえもそのような事件を起こしていることから、日本でも「N番部屋」で行われているような悪質な行為が起こっていないとは思えないのである。

日本では性的な画像や映像を流布させる行為は、「私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律」(2014年制定)で処罰されることになっているが、この法律を巡っては問題が多くある。
第一に、この法律は一般には「リベンジポルノ防止法」と紹介されており、自らその定義を狭めている点である。そのため、元恋人・配偶者とのトラブルという側面がフォーカスされ、オンライン上で発展している多様な性暴力・性搾取事件を扱えていない。実際にはネットで知り合っただけの人物(警察庁2019年相談事例、12.3%)や知らない人物(同5.7%)からの被害も多く報告されている。
第二に、警察への相談件数は(警察へ相談されたケースは氷山の一角だろうが)2015年の1,143件から年々増加し2019年には1,479件となっているが、検挙数は年々減り続けているのである(2015年303件→2019年261件)。この数字を見ても加害者を適切に処罰する意志を感じられない。
第三に、最も重要なことに、被害者に犯罪の責任を押し付けていることである。警察庁のホームページでは「きっぱりと断る」ことの重要性を説くのみで、加害者が被害者を断れない状況に追い込んで犯行に及んでいることは念頭に置かれていない。
性暴力の被害者の多くは自分が全く非がない時でさえ自己を責める傾向がある。被害者がこのような言葉を聞いたらどのように感じるだろうか。犯罪は加害者が存在するから起こるものだ。断れなかった被害者にその責任を押し付けることはセカンドレイプだともいえる。
「N番部屋」事件に関し3月18日に始められた国民請願の署名数が1週間で260万人を超えたことは日本から見ると衝撃である。日本で同じような事件が発覚したとして、それほどまでに多くの市民が事件を問題視することができるだろうか。
この署名を受け、文在寅大統領は関連した人物全員の調査を表明し、警察は特別調査本部を設置し調査に尽力することを明言した。また、政府省庁のひとつである女性家族部の長官(大臣)は被害者への労りを真っ先に口にし、被害者支援を積極的に行うとしている。
「テレグラム性搾取共同対策委員会」もまた、「どんな状況で被害が発生したとしても、それはあなたが悪いのではありません」として相談業務に奔走している。被害者の心身の十分なケアと加害者の適切な処罰を目指す韓国社会と政府の姿勢は、日本が見習っていくべきものであろう。
【寄稿者:古橋綾】 大学非常勤講師。Chung-ang university 博士(社会学)。2011年から韓国の大学院に所属しながら日本軍「慰安婦」問題解決運動、米軍基地村女性支援運動、反性売買運動などに関わる。2018年に日本に戻った後は学校での性暴力事件の訴訟支援や困難を抱えた少女たちの支援を行っている。