[全訳]第72周年 4.3犠牲者追念式 追念辞(2020年4月3日)
[全訳]第72周年 4.3犠牲者追念式 追念辞(2020年4月3日)
  • The New Stance編集部
  • 承認 2020.04.03 10:29
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4月3日、済州島の済州4.3平和公園追念広場で、72回目となる済州4.3犠牲者追念式が行われた。以下は文在寅大統領の追念辞を全文訳したもの。
4月3日、済州4.3平和公園追念広場で追念演説を行う文在寅大統領。KTV国民放送よりキャプチャ。
4月3日、済州4.3平和公園追念広場で追念演説を行う文在寅大統領。KTV国民放送よりキャプチャ。

[全訳]第72周年 4.3犠牲者追念式 追念辞

4.3生存犠牲者と遺家族の皆さん、
済州島民の皆さん、

4.3は済州の深い悲しみです。
済州だけの悲しみではなく、
大韓民国の現代史の大きな悲しみです。

済州は解放を超えて真の独立を夢見て、
分断を超えて平和と統一を熱望しました。
済州島民はただ、民族の自尊心を守ろうとし
取り戻した国を完全に立ち上がらせようとしました。

しかし誰よりも先に夢を見たという理由で
済州は凄惨な死と直面し、
統一政府の樹立という切実な要求は
理念の罠として返ってきて私たちを分裂させました、

私たちが今も平和と統一を夢見て、
和解して統合しようとするならば、
私たちは済州の悲しみを共にしなければなりません。

済州4.3という原点に戻り
その日、その虐殺の現場で
何がねつ造され、何が私たちにくびきを負わせ、
また何が済州を死に至らせたのか
残さず明らかにしなければなりません。

そのように私たちの現代史を再び始めるとき
済州の痛みは真に癒され、
去る72年、私たちを苦しめてきた
反目と葛藤から自由になることができます。

平和のために椿の花のように倒れていった済州が
平和を完成する済州として復活することを望みます。
犠牲者たちが残した人権と和解、統合の価値を
胸に深く刻みます。

国家の暴力と理念の犠牲となった4.3の英霊の冥福を祈り
苦痛の歳月に打ち勝ち今日の済州を立ち上がらせた
遺家族と済州島民たちに感謝と尊敬の気持ちを捧げます。

国民の皆さん、
済州島民の皆さん、

私たちは「コロナ19(新型コロナウイルス)」を克服しなければならない
とても厳重で大変な時期にふたたび4.3を迎えました。
「連帯と協力」の力を切実に感じ
その力が私たちをどれだけ強くしてくれるのかを
確認しています。

4.3は歪曲され無視されながらも
絶え間なく和解と治癒の道を開きました。
2013年、4.3犠牲者遺族会と済州警友会が
和解を宣言し、
毎年、忠魂墓地と4.3公園を行き来しながら
共に参拝する行事を行っています。

昨年には軍と警察が4.3英霊たちの前に立ちました。
無辜の死を遂げた済州島民と遺家族たちに
公式な謝罪を行い、
4.3の名誉回復と傷を共に癒すことを約束しました。
遺家族と済州島民たちも
和解と相生の手を結んでくれました。

和解と相生の精神は「コロナ19」の中でも
島民たちの心を一つに結びつけています。

済州は「私たちの街は私たちが守る」という運動を行い
43個の邑面洞、60個の団体が
2万7千余に及ぶ多重利用施設で
防疫活動を展開しています。

セマウル婦女会とボランティアセンターは
マスクを作り隣人と地域社会に分け与え、
パルゲサルギ運動協議会と島連合青年会は
携帯用消毒剤を直接、島民に配布しました。

島民たちは地域を越え、全国の痛みを共にしています。
大邱・慶北地域に
マスクをはじめとする物品と寄付金を伝え、
済州島民の自律的な防疫活動は
ソウル、京畿(キョンギ)、仁川(インチョン)、羅州(ナジュ)、釜山、蔚山(ウルサン)など
他の地自体で見て学ぶほど
民官協力の模範となっています。
困難な時期、連帯と協力の力を見せてくれた
済州島民の皆さんに深く感謝します。

4.3の解決は決して、政治と理念の問題ではありません。
隣人の痛みに共感し、人を尊重する
きわめて常識的で人間的な態度の問題です。
国際的に確立された普遍的な基準にしたがい
生命と人権を蹂躙した間違った過去を清算して治癒していく
「正義と和解」の道です。

私は大統領として
済州4.3が和解と相生、平和と人権という
人類普遍の価値として満開の花を咲かせられるよう
最善を尽くすことを約束します。

国民の皆さん、
済州島民の皆さん、

真実は許しと和解の土台です。
真実は理念の敵対が生んだ傷を癒やす力です。

今年3月、「済州4.3事件真相調査報告書」が発刊されてから16年ぶりに
「追加真相報告書」第1巻が出ました。
集団虐殺事件、受刑者の行方不明と予備検束、
犠牲者の遺骨発掘の結果を記録し、
被害の状況も村ごとに整理しました。
教育界と学生たちの被害を明らかにし、
軍人・警察・右翼団体の被害も正確に調査しました。
真相究明に尽力した
済州4.3平和財団と関係者たちの労苦に感謝します。

今年施行される高等学校の韓国史の教科書では
4.3に対する記述がより増えて詳細になりました。
4.3が「国家の公権力による民間人の犠牲」であることを明示し、
鎮圧過程で国家の暴力的な手段が動員されたことを
記述しています。
真相究明のための済州島民たちの努力と共に
和解と相生の精神まで含んでおり、とても意義があります。

済州はもう寂しくありません。
4.3の真実と悲しみ、和解と相生の努力は
新たな世代に伝えられ忘れられることは無いでしょうし、
4.3はより良い世の中に向かっていく未来の世代に
人権と生命、平和と統合の羅針盤となってくれるでしょう。

真実の土台の上に4.3被害者と遺族の痛みを抱きしめ
人生と名誉を回復させることは国家の責務です。

真実は正義に出会う時はじめて、和解と相生につながります。
真実を歴史的な正義だけでなく
法的な正義としても具現することが
国家が必ず行うべき仕事です。

不当に犠牲となった国民に対する救済は
国家の存在理由を問う本質的な問題です。

4.3の完全な解決の基盤となる
賠償と補償の問題を含む「4.3特別法改定」が
いぜんとして国会に留まっています。

済州4.3は個別の訴訟により一部賠償を受けたり、
政府の医療支援金と生活支援金の支給に留まっており
法に拠る賠償・補償はいぜんとして行われていません。
鈍い歩みに大統領として心が重いです。

しかし4.3は法的な正義に向けても一歩ずつ前進しています。
昨年は18人の4.3生存受刑者たちが
4.3軍事裁判の不当性を主張し提起した
再審審判と刑事補償裁判ですべて勝訴し、

済州地方裁判所201号法廷には
「私たちはついに罪の無い人になった」という歓呼の声が爆発しました。
今日同席している秋美愛(チュ・ミエ)法務部長官が
国会議員時代に国家記録院で見つけた受刑者の名簿が
4.3受刑者の無罪を証明しました。

去る一年の間、その方たちの中で
ヒョン・チャンヨン、キム・ギョンイン、キム・スナ、ソン・ソクチンさんが亡くなりましたが、
国はまだ最も重要な生存犠牲者と遺族たちに
国家の道理と責任を果たしていません。

生存犠牲者はもちろん、1世代の遺族も70歳を超えており、
当時の状況を記憶する目撃者も高齢である状況で
これ以上遅れる時間はありません。

マーチン・ルーサー・キング牧師は
「あまりに遅れた正義は、拒否された正義だ」と言いました。

解放から分断と戦争につながる過程で、
私たちが解決し克服しなければならない
多くの痛ましい過去事があったため困難がありますが、
被害者と遺家族が生存しているときに
基本的正義としての実質的な賠償と補償が実現するよう
努力を続けていきます。
政治家と国会にも「4.3特別法改定」に対する
特別な関心と支援をお願いします。
立法を通じた努力と共に
政府ができることは迅速に行っていきます。

政府は2018年、その間中断してきた
4.3犠牲者と遺族の追加申告事業を再開しました。
「済州4.3事件真相究明および犠牲者名誉回復委員会」は
'第6次申告期間'の間に追加で深刻された
犠牲者と遺族に対する審議を経て、
犠牲者90名、遺族7,606人を新たに認定しました。
特に、父親が犠牲となる場面を目撃したあと、
心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しんできたソン・ジョンスンさんを
4.3犠牲者の中で初めて
心的外傷後ストレス障害による犠牲者と認め、とても意義深いです。

今後、ただ一人の犠牲者も申告から漏れないように
追加申告の機会を提供し、
犠牲者たちの遺骸を遺族の元に戻すための
遺骸発掘と遺伝子鑑識に対する支援も続けていきます。

今年4月から生存犠牲者と遺族たちの傷と痛みを治癒するための
「4.3トラウマセンター」が試験運営されます。
済州島民たちの心の中のわだかまりと重荷を振り払えるように
積極的に支援します。
関連法が立法される場合には国立トラウマセンターに昇格できるよう
準備をしていきます。

4.3生存犠牲者と遺家族の皆さん、
国民の皆さん、

4.3は過去であり、私たちの未来です。
民族の和解と平和のための努力は
4.3のその日から始まりました。
過去に済州が夢見た夢はいま、私たちの夢です。

椿の花が散るように悲しみは続いてきましたが
悲しみに耐えたからこそ今日があります。
まだ悲しみを忘れようとは言いません。
悲しみの中で済州が夢見た明日を
共に開こうとお話したいです。

政府は済州島民と遺家族、国民と共に
和解と相生、平和と人権に向けて
一歩ずつ進んでいきます。

4.3から始まった真実と正義、和解の物語は
私たちの後世に
悲しみの中で希望をすくい上げた感動の歴史として残ることでしょう。

ありがとうございます。