[全訳] 6•25戦争(朝鮮戦争)第70周年記念辞(2020年6月25日)
[全訳] 6•25戦争(朝鮮戦争)第70周年記念辞(2020年6月25日)
  • The New Stance編集部
  • 承認 2020.06.25 23:09
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2020年6月25日、朝鮮戦争の勃発から70周年を迎え、韓国で開かれた遺骸送還記念式で文在寅大統領が行った演説を全訳した。
朝鮮戦争70周年記念式で演説する文在寅大統領。写真は国営KTVをキャプチャ。
朝鮮戦争70周年記念式で演説する文在寅大統領。写真は国営KTVをキャプチャ。

[全訳] 6•25戦争(朝鮮戦争)第70周年記念辞(2020年6月25日)

尊敬する国民の皆さん、
参戦有功者と遺家族の皆さん、

私たちは今日、6•25戦争70周年を迎え、
147人の勇士の遺骸をお迎えしました。
ソウル空港は英雄たちの帰還を歓迎する
とても厳粛な場所となりました。

勇士たちはやっと大韓民国国軍の階級章を取り戻し、
70年ぶりに私たちのもとへと帰ってきました。

悲しくも誇らしい出来事です。
すでに身元が明らかになった7人の方がいます。
みな、咸鏡南道の長津湖戦闘で散華した方たちです。

故キム・ドンソン一等兵、
故キム・ジョンヨン一等兵、
故パク・チンシル一等兵、
故チョン・ジェスル一等兵、
故チェ・ジェイク一等兵、
故ハ・ジノ一等兵、
故オ・デヨン二等中士の名前を歴史に刻みます。
家族のもとで安らかに休むことを祈ります。

参戦勇士ひとりひとりの献身が
私たちの自由と平和、繁栄の基盤となりました。
恋しさと悲しみを自負心で耐えてきた遺家族の方々に
深い尊敬と慰労の言葉を捧げ、
戦友を心を焦がし待ち続けてきた生存参戦勇士の方々に敬意を表します。

政府は国民と共に護国の英雄たちを永遠に記憶するでしょう。
まだ私たちのもとへと戻ってこられない12万3千の戦死者たちが
家族の胸に戻るその日まで、諦めずに探しだします。

私たち政府はその間、5千余名の参戦勇士たちに
未だ伝達することのできなかった勲章を授与し、
生活調整手当をはじめ武功名誉手当と参戦名誉手当、戦没勇士子女手当を大幅に引き上げました。
参戦勇士と遺家族の礼遇に対し、これからも最善を尽くします。

今日の英顕壇には
私たちが探し出し、米国へと送り届ける
米国の戦死者6人の遺骸も共にあります。
私たち国民は、米国をはじめ22か国の国連参戦勇士の犠牲を
決して忘れないでしょう。

ワシントンの「追慕の壁」を2022年まで完工させ
'偉大な同盟'が参戦勇士たちの崇高な犠牲の上に根を下ろしている事実を永遠に称えます。

私が海外歴訪時に出会った国連の参戦勇士たちは
みな口を揃えて韓国を第二の故郷とし、
私たちの発展を自分のことのように大きな喜びと自負心を持っていました。
米国、フランス、ニュージーランド、ノルウェー、スウェーデンの参戦勇士たちに
国民を代表し感謝と尊敬の気持ちを伝え、
タイの参戦勇士たちには'平和の使徒メダル'をお渡ししました。

報勲には国境がありません。
国連参戦国と共に行う多様な報勲事業を通じ
勇士達の崇高な犠牲を記憶し称えます。
6•25戦争70周年を迎え、
意義深い映像メッセージを送っていただいた国連参戦国の首脳たちと
今日の行事に参加していただいた各国大使方にも深く感謝します。

国民の皆さん、

6•25戦争は今日の私たちを作った戦争です。
戦争がもたらした悲劇も、戦争を勝ち抜いた意志も、
戦争を乗り越え成し遂げた経済成長の自負心と
戦争が残した理念的な傷跡もすべて
私たちの生活と心の中にそのまま生きています。
70年が経ちましたが、そのまま私たちの姿となりました。

私たちは戦争の惨禍に共に立ち向かい勝ち抜き
真の大韓民国の国民として生まれ変わりました。
国難の前で団結し、自由民主主義の価値を守る力を育てました。

'最も平凡な人'を
'最も偉大な愛国者'としたのも6•25戦争でした。
農作業の途中で、学業を終えることもできず、
家族を家に残し亡くなった私たちの隣人たちが
洛東江の戦線を守りソウルを取り戻した英雄となりました。
国家の存在価値を体感し愛国心が高まり、
平和の大切さを自覚するようになりました。

どんな難関も克服できる自信の源泉も6•25戦争でした。
参戦勇士たちは戦争を勝ち抜いた自負心と、軍で培った技術をもって
戦後の再建の主軸となりました。
戦場で倒れた戦友たちの分まで大韓民国を愛し、
隣人と家族の誇りとなりました。

しかし私たちはまだ
6•25戦争を真に記念することができません。
まだ戦争が終わっていないからです。
今この瞬間にも戦争の脅威は続いており、
私たちの目に見える脅威だけでなく
私たち内部の目に見えない反目とも戦争を闘っています。

私たちは皆、参戦勇士の娘で、避難民の息子です。
戦争は国土のあちこちに傷跡を残し、
今も個人の人生と家族の歴史にそのまま生きています。
それは透徹した反共精神として、私たちも良い暮らしをしようという勤勉さとして、
国民主権と民主主義の精神として多様に表れています。

しかし全ての者たちに共通した一つの心は、
この地に二度と戦争があってはならないということです。
自身が生きている時代と共に
自身のすべてを献身した人々は
互いに尊重し手をつなぐことができます。
私たちは6•25戦争を世代と理念の統合する皆の歴史的な経験とするために、
この長い間続く戦争を終わらせなければなりません。

戦争の残酷さを忘れないことが'終戦'に向けた第一歩です。
70年前、この地の自由と平和のために命を捧げた国連参戦勇士たちと
平和を愛する世界の人々みなの念願でもあります。

1950年6月25日、
国連安全保障委員会は戦争勃発からわずか10時間で決議文を採択し
'北朝鮮軍の侵略中止と38度線以北への撤収'を求め、
朝鮮半島の平和と安全の回復のために
歴史上初の'国連集団安保'を発動させました。
世界がともに高貴な犠牲を払いました。

今わたしたちに必要なものは
今日の自由と平和、繁栄の根っことなった
数多くの犠牲に対する記憶と、私たち自身に対する自負心です。
独立先烈(独立運動家)の精神が護国英霊の精神へとつながり
再び民主主義を守る巨大な精神となったように、
6•25戦争で実践した愛国と胸に込めた自由民主主義を
平和と繁栄の動力として生き返らせなければなりません。
それが真に戦争を記念する道です。

国民の皆さん、

6•25戦争で国軍13万8千人が戦死しました。
45万人が負傷し、2万5千人が行方不明になりました。
100万人に達する民間人が死亡、虐殺、負傷で犠牲となりました。
10万人の子どもが孤児になり、
320万人が故郷を離れ、
1000万人の国民が離散の苦痛を負わなければなりませんでした。

戦争から自由でいられる人はただの一人もいませんでした。
民主主義が後退し、経済的にも惨酷な被害を受けました。
産業施設の80%が破壊され、
当時の2年分の国民所得に値する財産が灰となりました。
社会経済の基盤と国民の生活の基盤が倒れました。
戦争が終わった後も南と北は長い歳月を冷戦の最前線で対峙し国力を消耗しなければなりませんでした。
私たちの民族が痛みを受けている間に
むしろ戦争特需を享受した国もありました。

しかし私たちに戦後経済の再建は
植民地支配から逃れることと同じように険しい道でした。
はじめは援助に依存し復旧と再建に力を入れ
軽工業、重化学工業、ICT産業を順番に育成し、
先進国に追いつくまで丸70年がかかりました。

6•25戦争を克服した世代により、私たちは'漢江の奇跡'を成し遂げました。
戦争が終わった1953年の一人あたり国民所得は67ドルに過ぎなかった韓国が
廃墟から立ち上がり国民所得3万ドルを超える
世界10位圏の経済強国として発展しました。
援助を受けた国から援助をする国になり、
追撃型の経済から先導型の経済へと変わろうとしています。
コロナ克服の過程で世界が注目する国になりました。

国民が守ってきた大韓民国は
これから国民を守るほ強くなりました。
平和を作り出せるほど強い力と精神を備えました。

私たちの軍はどんな脅威も防ぐ力があります。
徹底した対備態勢を備えており、
私たちは二度とたった少し領土、領海、領空も
侵奪されないでしょう。

私たちは平和を望みます。
しかし誰でも私たちの国民の安全と生命を脅かすならば
断固として対応するでしょう。
私たちは全方位的に、どんな挑発も認めない強い国防力を持っています。

堅固な米韓同盟の上に
戦時作戦統制権の転換も手抜かり無く準備しています。
私たちは私たち自身の力を基盤に
かならず平和を守り作り上げていきます。

尊敬する国民の皆さん、
参戦有功者と遺家族の皆さん。

私たちは戦争を反対します。
私たちのGDPは北朝鮮の50倍を超え
貿易額は北朝鮮の400倍を超えます。
南北間の体制競争はだいぶ昔に既に終わりました。
私たちはの体制を北朝鮮に強要する気もありません。
私たちの平和を追及し、共によく暮らそうとします。
私たちは常に平和を通じ、南北が共に生きる道を探して見せます。
統一を語る前に、先に仲のよい隣人になることを願います。

私たちは戦争を闘いながらも、小中学校の'避難学校'を建て、
様々な地域で'戦時連合大学'を運営しました。
私たちは未来を準備、平和を守る力を育み
誰も超えられない国を作りました。
これから私たちの息子と娘は
'ポストコロナ'時代を他人よりも早く準備し
世界を先導する大韓民国の主人公になりました。

戦争を経験した両親の世代と
新たな70年を開いていく後代の皆に
平和と繁栄の朝鮮半島は必ず成し遂げるべき責務です。
8000万の同胞すべての宿願です。
世界史でもっとも悲しい戦争を終わらせるための努力に
北朝鮮も大胆に歩み出すことを望みます。

南と北、すべての同胞が体験した戦争の悲劇が
後代たちに共通の記憶として伝わり
平和を開く力となることを願います。
統一を話うならば先に平和を実現しなければならず、
平和が長い間続いた後にはじめて統一の門を見ることができるでしょう。

南北の和解と平和が全世界に希望として伝わる時、
護国英霊たちの崇高な犠牲に真に応えることになると信じます。

ありがとうございます。

 


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