韓国「次期大統領候補」筆頭の与党・李洛淵新代表に要注目
韓国「次期大統領候補」筆頭の与党・李洛淵新代表に要注目
  • 徐台教(ソ・テギョ) 記者
  • 承認 2020.09.02 21:36
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ここ数日、韓国で政治ニュースがにわかに増えている。与党の新代表、李洛淵(イ・ナギョン)氏の一挙手一投足に注目が集まっているためだ。次期大統領を問う世論調査で1位を走り続ける同氏についてまとめた。
与党・共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン)新代表。同党ホームページより。
与党・共に民主党の李洛淵(イ・ナギョン)新代表。共に民主党提供。

●韓国政治のキーマン

14日の自宅隔離を終えて出てきました。
隔離の荷は下ろしましたが、国難の荷が私を待っています。
野戦病院にとどまった後、戦場に出てきたように感じます。
国民の皆さんの苦痛がどれ程のものなのか、痛いほどよく分かります。
共に耐え切りましょう。
(以下略)


8月31日正午過ぎ、李洛淵代表はSNSを通じ、こうメッセージを出し政治の最前線に乗り出した。出演したラジオ番組で、直前のゲストが新型コロナウイルス陽性であることから14日間の自宅隔離を終えたばかりの同氏の文言からは、並々ならぬ覚悟が透けて見えた。

この前日、同氏は与党・共に民主党の新代表に就任した。今年4月の総選挙で総議席300のうち176議席を獲得したマンモス与党だ。さらに李代表はこれまで「ポスト文在寅」を尋ねる世論調査で1位を維持し続けている人物でもある。

しかしながら、こんな韓国政治の今後を占うキーマンである同氏について、日本ではあまり知られていない。それは韓国でも同様だ。文在寅政権下で史上最長の国務総理を務めたとはいえ、そのパーソナリティについてはまだまだ未知数の人物である。

この記事では、これまで明らかになっている李洛淵代表の人柄や、やろうとしている政治について整理してみる。結論から言うと、韓国進歩派の伝統を踏まえた手堅い人物であると同時に、現場を重視する実務的な人物といえる。

●記者20年、政治家20年

李代表は1952年に韓国南部・全羅南道霊光郡で、7人きょうだいの長男として生まれた。文大統領より1歳年上、安倍首相よりは2歳年上で今年68歳となる。光州で中高時代を過ごし、1974年にソウル大学法学部を卒業する。

その後、軍での服務を終え1979年に日刊紙『東亜日報』に入社し、2000年2月まで記者生活を続ける。政治部記者であった80年代後半、野党の大物・金大中(キム・デジュン、後に大統領)氏を取材したことが後の政界入りにつながる。

また、1989年から1994年まで同紙の東京特派員を務めた。このため、流ちょうな日本語を話す。また、軍生活を在韓米軍へと派遣されるKATUSAとして送り、将校の通訳任務に当たっていたことから、英語も話せるなど外国語に堪能だ。

2000年4月の総選挙で、故郷の選挙区から出馬し当選し政界に足を踏み入れる。その後、今日まで国会議員を5度、全羅南道知事を1度務め、文在寅政権が発足した2017年5月から2020年1月まで2年6か月のあいだ国務総理を務めるなど、堂々としたキャリアの持ち主だ。その政治的背景は金大中、盧武鉉(ノ・ムヒョン)の側近を務めたことからも、進歩派の本流と位置づけられる。

○厳格な性格

その性格については、「厳格」「誠実」といった評がある。国会議員時代は秘書官として、国務総理時代には総理室で合計6年半、李代表を補佐したヤン・ジェウォン氏は今年1月に著書『李洛淵はネクタイを前日の夜に選ぶ』の中で、李代表を「厳格な父」に例えている。

李代表の仕事における厳しさは広く知られており、これをもって同氏を「一緒に仕事したくない人物」とする向きもある。しかしヤン氏は、李代表を「ツンデレ」と称し「一緒に仕事をするのは大変だが、決して消耗的でなく、成長できる」と弁護(?)している。なお、実際に酒席を共にしたことがある人たちは、洒脱な人柄であると口を揃える。

厳格な一面をあらわすエピソードとしては、肩の負傷で徴兵を免除された息子について、兵務庁に掛け合い無理矢理に入隊させようとする話もあった。手紙を書き、それでもダメで直接訪ねていったという(結局は免除)。

また、議員を務める際には地元・全羅南道の現場を重視し週末ごとに訪問、時間をかけて住民の声を聞いて回ったというエピソードからは、記者時代に培われた現場主義が垣間見える。議員時代には「ソウル駅の人々」「タクシー運転手」「開発の陰」とったルポ集を毎年国会で出していたこともある。

さらに、非常に腰が低く特別であることを嫌うとする。同書によると「イベントや会合では本人が主人公にならないように遠くで車を降りて歩いて行く」上に、「秘書にドアも開けさせない。エレベーターを占用して待たせるといったこともさせない」ということだ。

前掲の著書ではまた、「国民には4大義務がある。しかし公職者には5大義務がある」という李代表の言葉を引用する。4大義務は国防、勤労、教育、納税であるが、これに「説明」が入るというのが同氏の持論だという。また、大変な読書家であるとする。

○筆者が経験した李洛淵氏

とはいえ、こうした本は基本的に政治家を持ち上げるために書かれているので、そのエピソードは額面通りに受け取れない部分がある。

筆者(徐台教)もまた、この本を出版直後に読んだ際に「携帯電話の番号を配り、どんなに忙しくても住民と直接通話する」という部分に触れ、「本当かな」と疑っていた。

それからしばらくした今年4月下旬、ある韓国紙の記者とあった際に李代表(当時は議員)の電話番号を教えてもらった。とりあえず記録するため、発信してすぐ切った。いわゆる「ワン切り」ではなく、0.1秒もせず切った。過去に何度か繰り返した手法だ。

記者と別れてすぐ、見知らぬ番号から電話がかかってきた。「まさか」と思って電話を取ると、例の低い声で「李洛淵ですが、電話をくれましたね」と話しかけられ、驚いたまま数分間通話したことがあった。

どうやら「ワン切り」のようになり、私の番号が残ったようだった。とはいえ、多忙な政治家がこのような反応を取るのは異例といえる。その後もSMSでメッセージを送った際にもすぐに返信があるなど、コミュニケーションを大切にする人物というのは確かなように思えた。

ヤン・ジェウォン氏の著書『李洛淵はネクタイを前日の夜に選ぶ』。李洛淵代表のエピソードがふんだんに語られている。筆者撮影。
ヤン・ジェウォン氏の著書『李洛淵はネクタイを前日の夜に選ぶ』。李洛淵代表のエピソードがふんだんに語られている。筆者撮影。

●求められる役割

巨大与党を率いる李代表には、社会的な期待と党としての期待が共存している。文大統領の任期が残り約20か月となる中、文政権ができない事が次第に見え始めている。その最たるものは野党との協調だ。

17年5月から今年4月までの国会は散々だった。少数与党であったため与野党が激しく対立する様から「動物国会」と称され、法案成立が著しく低調だったため「植物国会」とも批判を浴びた。

そして4月の総選挙以降は巨大与党をけん制したい野党とのコミュニケーションがうまくいかず、すべての常任委員会を与党が独占することとなった。これにより、法案は通るが与野党間の議論が消失するという、別の問題が生まれている。

一方で、7月までは沈静化していた新型コロナウイルスが再び拡散する中で、政治に対し一丸となった対応を求める雰囲気が韓国社会にはある。

だが実際には、医療界が政府の医療改革方案に反対しストライキを行うなど、落ち着かない状況が続く。党派制が強かった前任のベテラン政治家の李ヘチャン代表とは異なる、文字通り「野戦司令官」として各政党・政府・青瓦台(大統領府)をつなぐ役割が求められる。

与党としても李洛淵代表への期待は強い。4月の総選挙での圧勝からわずか4か月で、第一野党との差は大きく縮まった。史上最長の国務総理という政権の「顔」としての知名度を誇り、押しも押されもせぬ次期大統領候補の筆頭である同氏が、落ち込む党を立て直す役割が求められている。

特に来年4月はソウル市長、釜山市長という韓国の2大都市の補欠選挙が控えている。与党はこの選挙の原因を提供し不利な立場にある。釜山では呉巨敦(オ・ゴドン)市長が部下へのセクシャルハラスメントで辞任し、ソウルでも朴元淳(パク・ウォンスン)市長がやはり部下へのセクシャルハラスメント疑惑により自死することで空位となっているためだ。

同党の党規では「選出職にある公職者が不正腐敗など重大な過失によりその職位を喪失し、再・補欠選挙を実施することになる場合、該当選挙区に候補者を推薦しない」と定められている。

しかし同党としては、この二都市の市長職を簡単に他党に明け渡すことはできない。このため、党規を変更した上で補欠選挙に勝利することが、李代表に求められる当面の仕事となる。不祥事での補欠選挙であることから世間の逆風は強いと予想され、簡単なことではない。

さらに任期の問題もある。

22年3月の次期大統領選挙に挑戦することが確実視される李洛淵代表は、やはり「党代表および最高委員が大統領選挙に出馬する際には、選挙日の1年前に党代表から退かねばならない」という党規により、21年3月に党代表の職を辞す必要がある(次期大統領選は22年3月9日に行われる)。

このように、李代表には「短期間に爆発的な活躍」が求められているといえる。こうした条件をクリアしてこそ、次期大統領候補としての力量を認められ、そして勝利できるとする向きが強い。

1日、第一野党・国民の力の金鐘仁(キム・ジョンイン)非常対策委員長(右)と会談する李洛淵代表。共に民主党提供。
1日、第一野党・国民の力の金鐘仁(キム・ジョンイン)非常対策委員長(右)と会談する李洛淵代表。共に民主党提供。

●就任後の歩み

そんな期待を意識してか、李代表は就任後から精力的に動いている。

就任演説では、▲コロナとの戦争で勝利する、▲国民の生活を守る、▲コロナ以降の未来を準備する、▲統合の政治に乗り出す、▲革新を加速化させるという「5大命令」を明かした。前述したように、いずれも韓国社会の大きな課題だ。

実務を重視するとされる性格通り、同氏はこの実現に向けて8月31日の会見で「9月から4か月間続く国会が文在寅政権の成功と失敗を分ける」と語り、背水の陣を敷いた。具体的な成否の基準を聞く記者に対しては「現在の状況で必要な至急な案件をどれだけ早く処理できるかということ」と答えた。

また、9月1日には第一野党・国民の力(2日、党名を未来統合党から変更)の金鐘仁(キム・ジョンイン、80)非常対策委員長と会談した。

この席で新規補正予算の編成に向け事実上合意し、二度目の災難支援金を全員ではなく選別支給とする点について共感するなど、与野党間における調整力を見せつけた。金委員長とは、記者と政治家として出会ってから40年間交流を続け、信頼関係があるとされる。

さらに、代表就任直後の8月30日には、24歳の現役大学生で女性のパク・ソンミン氏を最高委員に抜擢している点も大きい。

中高年男性が圧倒的な力を持つ同党では異例のことだ。李代表は指名の理由について「青年と女性が党の意思決定プロセスに参加できるよう制度を作るという、私が繰り返してきた約束を履行するもの」と説明した。

他方、李代表は就任後の韓国メディアとのインタビューで、文在寅大統領から電話があったことを明かしながら「いつでも気軽に電話してほしい。李代表の電話は最優先で取る」という文大統領の発言を披露した。このように、スタートは万全といえる。

●いかに自分の声を出せるか

見てきたように文政権の「門番」のような印象を持つ李洛淵代表だが、逆説的に韓国メディアは「いつ、李代表が独自の声を出すのか」に注目している。

大統領選挙日が前もって決まっている韓国では、有権者もメディアも気が早い。このため自他ともに大統領候補と認める李代表は、社会と党の期待に応えることに加え、個性やオリジナルな識見さらに存在感を示す必要がある。

今は新型コロナという「国難」を目の前に、与党代表として当然、政府と足並みを揃えていくだろう。

だが、次期大統領候補の筆頭として文政権を超える「何か」を示すべきだろうし、実際の政治を行う中でそれを求められる局面が必ず訪れるという見方が大勢を占める。その時に、李洛淵代表の真価が問われることとなる。

なお、知日派である李代表は、日本に関するエピソードや関連する発言も多い。それは追々、別の記事で紹介していく。まずは韓国内でどういう存在なのかを知ることが肝要だ。


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