[コラム]検察改革が秋・尹の闘いになった理由(李官厚)
[コラム]検察改革が秋・尹の闘いになった理由(李官厚)
  • The New Stance編集部
  • 承認 2020.12.08 11:22
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本紙ではこれまでも韓国の優れたコラムを紹介してきたが、今回は気鋭の政治学者・李官厚(イ・グァヌ、44)による韓国『京郷新聞』のコラム(7日掲載)を正式な許可を得て翻訳掲載する。著者の李官厚氏は西江大学政治外交学部、同大学院修士課程卒業後、英国University College Londonで政治学博士を取得。西江大学現代政治研究所研究教授などを経て現在は慶南研究院で研究委員を務める。過去、2人の国会議員の下で合計6年間のあいだ補佐陣を務めた経験もあり、陣営論に捉われない発言で知られる。

韓国では今年1年、政権と検察の対立が続き、そのクライマックスとして明日9日の国会での「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」法案の改定と、10日の尹錫悦検察総長に対する懲戒委員会開催が迫っている。こうした事案をどう見るか。李研究委員はコラムを通じ両者の衝突の「避けられない側面」について説明すると共に、「勝負はまた原点に戻った」と政府・与党の困難な立場を指摘した。

どこから間違ったのだろうか?いつに戻ればこの状況を防げるのか?秋美愛(チュ・ミエ)長官を任命した時?それとも曺国(チョ・グク)長官を任命した時、尹錫悦(ユン・ソギョル)検察総長を任命した時、楊正哲(ヤン・ジョンチョル)が尹錫悦に会って総選挙の出馬を進めた時、尹錫悦が「人には忠誠を誓わない」と言ったあの時?

これが歴史的な必然であったならば、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が検事たちと対話しようとしたあの時なのか?もしかしたら、金泳三(キム・ヨンサム)大統領が「ハナ会」をえぐり取り唯一の超法的な権力を検察が独占することになったあの時、いや、維新憲法を起草した金淇春(キム・ギチュン)が朴正熙(パク・チョンヒ)に’キム・トルトル(切れ者の意)’と褒められていた、検察が軍事独裁の下手人だったあの時だろうか?

「なぜ私にあんな事をしたのか?お前は私を侮辱した」(05年の映画『甘い人生』のセリフ)。今起きているこの事態は本質的には力と力の闘いであるため、いかなる手続きや合理的な仲裁も割って入る隙間がない。懲戒委員会(10日)でどんな結果が出ようが、法的な争いでどんな判決が出ようが、どちらの側もそれを従順に受け入れるはずがない。

これが’闘い‘と呼ばれる訳は、ルールがないからだ。格闘技でも噛みつきを禁止し急所を攻撃してはならないという最低限の規定がある。しかし昨今の状況は審判がいない戦争のような闘いであるため、『甘い人生』の結末のようにどちらか一方が倒れるか破局となって終わるしかない。

検察は法で可能なすべての権限、事実上なんでもすることができる権限をもって政権の行為と人々をほじくり返すだろうし、権力側もまた出血を覚悟し耐える他にない。検察改革をしようとしたのならば甘受しなければならない事であり、下手をすると(次期)政権を明け渡さなければならない。それくらいの決然とした気持ちもなく始めたならば逆にこんな無謀なことはない。

李官厚(イ・グァヌ)慶南研究院研究委員。写真は京郷新聞提供。
李官厚(イ・グァヌ)慶南研究院研究委員。写真は京郷新聞提供。

この闘いには避けられない側面がある。軍部が権力を失って以降、すべての政権と検察は5年周期で事実上の連立政府を立てては倒し、列に並び並ばせ(権力に従い従わせる様)、忠誠と裏切りを繰り返してきた。検察は政権に便宜を適当に提供しながら、みずからの自律性を獲得した。互いに必要に応じて望ましくない部分を多い隠しながら’敵対的な共生関係’を形成してきた。

このつながりを初めて断ち切ろうとしたのは盧武鉉だった。胸に秘めた正義感の分だけ彼は純真だった。平検事たちは国民が選出した大統領をあけすけに嘲り、馬鹿にした。法に明示された検察の人事権を行使した康錦実(カン・グムシル)法務部長官は宋光洙(ソン・グァンス)検察総長と腕を組んで和解し、それまで慣例に過ぎなかった検察総長の人事協議権を、法を変えて明示してあげた。退任した盧大統領の生死を左右したのは検事たちだった。

曺国長官が任命された時点に戻っても、政権の立場では選択の余地はあまり無かっただろう。検察総長は大統領の人事権を事実上、無力化した。立法府の聴聞手続きというのが検察の捜査権に比べどれほど取るに足らないかが露わになった事件だった。政治では、相手が先に仕掛けてきた闘いを回避することは負けを意味する。政権は秋美愛を立て対抗した。法務部長官と検察総長、二人の性格上、破局は予告されていたと言っても過言ではない。

避けられない側面はこうだ。尹錫悦が「人に忠誠しない」と言った時、彼は個人主義者や自由人でなかった。今では皆が知ることとなったが、彼の言葉は「私は人ではなく組織に忠誠を誓う人間」という意味だった。選出された権力から検察の独立性を必ず守ることは、絶体絶命の課題だった。徹底した検察主義者の彼を与党が’私たちの見方’と考えたことは、純真すぎた。

秋美愛と尹錫悦は共に、自意識が強く功名心が大きな人物だ。彼らの言行を見ると自らを特定の組織や価値の化身と見なし、そんな善意があるからと自らをどんな事をしてもよい人物と考えている。強気な姿勢でぶつかってこそ勝負が付くと思っているかもしれないが、これは単純な娯楽用のスポーツ競技ではない。厳然として国民という観客そして審判者がいるゲームであり、国民の支持を無くすと困難になるゲームだ。要するに、検察改革という言葉が消え「秋・尹の闘い」という用語が一般化され始めた瞬間、この闘いは困難になり始めた。

この闘いは選出された権力と独立性を保障されるべき組織が極端な対立を選ぶ場合、その結果には破局しかないことを示す事例として意味がある。そんな脈絡から「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」の必要性を力説できるかもしれない。もちろんそうするとしても、リスクが余りにも大きい作戦だったと評価されるしかないが、今ではそれが最善だ。

しかし問題は、今後補欠選挙(ソウル、釜山両市で4月)が目の前に迫り、大統領選挙まで1年半しか残っていないという事実だ。政府と与党がどこかで今回の失策を挽回できないならば、世の中はまたどうなるか分からなくなる。’ろうそく‘以降はじめて、勝負はまた原点に戻った。(了)

※京郷新聞の元記事リンクはこちら


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