【参考記事】年間死者2000人超…韓国で労働災害防ぐ「重大災害企業処罰法」制定なるか、遺族は断食闘争
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2934

●法案の内容
法案の正式な名称は「重大災害処罰などに関する法(以下、重大災害法)」となる。同法は公布後「1年後」から施行される。主な法案の内容は以下のようになる。
法律制定のきっかけは、既存の「産業安全保健法」といった既存の法律では、重大災害(労働者1人以上が死亡する災害)が発生する場合、事業主ではなく中間の管理者を処罰するにとどまり、さらにその処分も平均で罰金450万ウォン(約40万円)と軽微なものだった。
そして微温的なこの罰則こそが、続発する重大災害の大きな原因の一つであるとして「重大災害企業処罰法」が昨年6月、第二野党でリベラル政党の正義党から発議されていた。
その主な内容は、▲事業主または経営責任者は従事者や利用者の有害・危害防止義務を負担する、▲第三者に賃貸、用役、都給(いわゆる下請け)の際には事業主は第三者と共に有害・危害防止義務を負担する、といった様にトップに責任を求める点が明記されている。
また、「義務に違反し人を死傷に至らしめた場合には事業主および経営責任者などを刑事処罰し、該当する法人または期間に別途に罰金を付加し、許可の取消などの行政制裁を付加できる」とし、死亡事故が起きた際には懲役3年以上または10億ウォン(約1億円)以下の罰金、さらに重大な過失の場合には損害額の3倍以上10倍以下の懲罰的損害賠償を課すなど、厳しい罰則を付け加えた。
だが、こんな「重大災害企業処罰法」と今回成立した「重大災害法」は、名前こそ似ているがその内容には大きな隔たりがある。「重大災害法」の要点は以下の通りだ。なお、ここでの重大災害は「死亡者が1人以上の災害もしくは、6か月以上の治療が必要な負傷者が2人以上の災害」を意味する。
・重大災害が発生した際に、事業主や経営責任者が産業災害予防に必要な人員と予算など法に規定された安全措置義務を違反していたことが明らかになる場合、1年以上の懲役や10億ウォン(約9500万円)以下の罰金として処罰される。ここで経営責任者とは、代表取締役のように事業を代表し総括する権限と責任がある人物や、安全を担当する理事や役員を指す。
・重大災害が発生した際に、事業主と経営責任者以外に、法人や機関も注意・監督を規定通り行わなかったことが明らかになる場合、最大で50億ウォン(約4億7500万円)の罰金刑に処される。
・事業主と経営責任者などが故意または重大な過失で重大災害を発生させた場合、事業主や法人などは損害額の5倍まで損害賠償の責任を負う、懲罰的損害賠償が適用される。
※事業主と経営責任者の安全措置義務の対象には、実質的な管理下にある下請け労働者も含まれる。
なお、「重大災害法」には「公衆(公共、一般を含む)交通機関で管理不備により起きる、死亡者が1名以上の災害または2か月以上の治療が必要な負傷者10人以上」が発生する「重大市民災害」に関する項目もある。
同災害が起きた場合、事業主と経営責任者が安全措置義務を規定通り果たしていないことが明らかになる場合、1年以上の懲役刑や10億ウォン以下の罰金刑となる。また、同様に懲罰的損害賠償が適用される。
このように、正義党が発議した法に比べ、今回成立した法は罰則の面で大きく下方修正された。さらに、ずさんな管理・監督により重大災害を招いたと見なされる公務員を処罰する内容も、審査の過程で削除された。
●実効性に疑問
在席議員266人(定数300)中、賛成187票、反対44票、危険58票で成立した「重大災害法」だが、与党・共に民主党と第一野党・国民の力が議論する過程で、上記のように内容が「後退」した。
特に法の適用に関する部分では深刻だ。まず、「5人未満の事業場」は産業災害の処罰対象から除外される。
『全国民主労働組合総連合(民主労総)』によると、韓国内で5人未満の事業場は全体の80%にのぼり、労働者数も600万人に達する。これらの場所はすべて同法の適用外となり、これまでと同様の危険にさらされ続けることになる。
また、「50人未満の事業場」には3年間の猶予期間が与えられた。産業災害を予防する環境や設備を整えるのに時間が必要という観点だ。
だが実際には、小規模であるほど重大災害に脆弱だ。
雇用労働部の統計によると、2019年に産業災害の事故(病死を除く)で亡くなった855人のうち、5人未満の事業場で301人(35.2%)が、5〜49人の事業場で359人(42.0%)が亡くなった。合計で77.2%に及ぶ。2020年は9月までの統計で、同35.0%、44.0%の79%と同様に高水準だ。
このように死亡者の大多数を占める小規模作業場に対して、同法の範囲が及ばず、さらにすぐに適用されないことからその実効性には大きな疑問が持たれている。

この点が国会前で断食闘争を続けながら同法成立に力を尽くしてきた過去の重大災害の被害者遺族や市民団体、正義党や労組などからの強い反発につながっている。
『民主労総』は8日、「大多数の重大災害が発生する小さな事業場の現実を無視した法制定だ」とし、「法の抜け穴にしようと、事業場を細分化した『ニセの50人未満、5人未満の事業場』が次々と現れるだろう」と批判した。
民主労総の有力組織の一つ、金属労組も同日の声明で「検察改革よりも重要な市民の生命・安全問題の前では、野党の同意を言い訳にして野党と席を並べて法の改悪競争をしている」と与党を批判した。
これは、昨年12月に高位公職者犯罪捜査法改定案の国会通過を与党が強行した様に、重大災害企業処罰法でも指導力を発揮すべきだったのではないか、という痛烈な批判だ。
また、民主労総と並ぶ2大労組の『韓国労働組合総連盟(韓国労総)』は8日、記者会見を開き「ゴミになった法案を廃棄し、実効性のある重大災害企業処罰法を制定すべき」と明かした。
特に5人未満の事業場を処罰対象から除外した点に対し、「5人未満の事業場で起きた死亡事故と、5人以上の事業場で発生した死亡事故は変わらないのにもかかわらず、処罰規定を作った。5人未満の事業場で働く300万人の労働者は死んでもよいと公認したもの」と批判した。
●経済界は「恐怖」
他方、経済界からは法そのものに対する非難が相次いだ。
日本の経団連に当たる『全国経済人連合会』は8日、声明文の中で「強い遺憾と共に、今後起きる副作用に対する深刻な憂慮を表明する」とし、「国会と政府は副作用を最小化するための議論にすぐ着手して欲しい」と明かした。
また、「今回の法は強化された産業安全保健法が施行されて1年あまりしか経たない状況で、重大災害が発生する原因と予防に対する充分な熟考をせず、すべて企業と経営陣にだけ責任と処罰を負わせる」と批判した。
やはり有力団体である『韓国経営者総協会』も8日、「経営責任者と元請けが現実的に守れない過度の義務を賦課し、事故発生時に機械的に重い刑罰を付与する法律ができたことに、企業は恐怖感をぬぐえない」とした。その上で「先進競争国に事例を土台に、法施行以前に深度ある論議を経て合憲的・合理的な法になるよう、改定を進めて欲しい」と述べた。
さらに、同法が施行される際に最も大きな影響を受けるとされる中小企業を代表する、『中小企業中央会』の関係者は「重大災害法の国会通過に多くの中小企業が虚脱感を感じている」とし、「事業を続けていくべきか悩む中小企業も多い」とした。

●被害者遺族は「国会が腐りきっている」
今回の法の成立を最も複雑な気持ちで見守り、失望したのは重大災害で家族を失った遺族たちと、遺族を支え共に29日間におよぶ断食闘争を繰り広げた正義党だ。
2018年12月、当時24歳だった息子キム・ヨンギュン氏を発電所での事故で失った母キム・ミスク氏は8日晩、断食闘争の解散式を行う中で「重大企業法を作るために2年間努力した。関心を持ってくれてありがたかった」と力なく振り返った。
また、職場でのパワハラで自殺に追い込まれたイ・ハンピッ氏の父イ・ヨングァン氏は「災害で亡くなった全ての霊魂に重大企業法を捧げる」と涙を流した。
だが本音は、法案の概要が明らかになった7日の記者会見で吐露されていた。
この日キム・ミスク氏は「とても惨憺たる想いだ。今回の重大災害企業処罰法審査を通じ、国会と企業そして公務員が腐り切っていることを知った」、「国民が数千人死のうが、数万人負傷しようが、絶対に理解しようとしない彼ら、法を妨げている者たちが誰なのか、政治家と公務員をしっかりと覚えておく」と怒りを表現した。
イ・ヨングァン氏もこの席で、「5人未満の事業場はなぜ除外されたのか、職場内のパワハラはなぜ除外されたのか理解できない。死ぬことまでも差別するのか」と涙を流した。
一方、正義党の金鐘哲(キム・ジョンチョル)代表は8日晩、「ようやく第一歩を踏み出した。まともな重大災害法が完成するまで闘いを止めない」と述べた。
見てきたように、今回の『重大災害法』をめぐる一連の過程は、法の制定を市民の7割以上が望んでいたのにもかかわらず、韓国の議席の97%を占める巨大二政党(与党共に民主党、第一野党国民の党)が、年間2000人の死者を止める気がないという現住所を露わにするものだった。
法案の内容は死亡者発生を止めるに至らないだろう。唯一の成果は、皮肉にも韓国政治のこんな背筋の凍る事実、特に与党は断じて「進歩派」などではないことが明らかになった点にあるだろう。