[全訳] 第73周年 4.3犠牲者追念式 追念辞(2021年4月3日)
[全訳] 第73周年 4.3犠牲者追念式 追念辞(2021年4月3日)
  • The New Stance編集部
  • 承認 2021.04.03 16:20
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4月3日、済州島の済州4.3平和公園で、73回目となる済州4.3犠牲者追念式が行われた。文在寅大統領は2018年、20年に続き三度目も参席となった。以下は文大統領の追念辞を全文訳したもの。
4月3日、済州4.3追念式で演説する文大統領。青瓦台提供。
4月3日、済州4.3追念式で演説する文大統領。青瓦台提供。

 第73周年4·3犠牲者追念辞

尊敬する国民の皆さん、
4·3生存犠牲者と遺家族の皆さん、
済州道民の皆さん、

73周年4·3犠牲者追念の日、済州全域に春の雨が通り過ぎています。
生存犠牲者と遺家族たちの痛みが、雨とともに洗い流されることを心から祈り、この場に立っています。

国防部長官と警察庁長も参席しました。
政府が主管する公式追念式への参加は史上初めてです。
当然すべきことですが、第一歩であるだけに特別な意味があります。
軍と警察の誠意ある謝罪の気持ちを、犠牲者と遺家族、済州島の皆さんが包容と和合の気持ちで受け止めてくださるようお願いいたします。
国家が国家暴力の歴史を深く反省し、省察するという思いです。
遺家族の痛みを少しでも和らげられることを願い、国民と共に4·3の英霊の安息を祈ります。

本日、「4·3特別法」の改正をご報告でき、とても幸いです。
追加の真相究明と被害者の名誉回復、国家暴力による犠牲者支援案を盛り込みました。
特別法の改正で、ついに4·3は自身の姿を取り戻せるようになりました。
済州道民が経験しなければならなかった残酷な死と、二重三重に縛り付けた拘束が余すこと無く明らかになった時、良い国を夢見た済州島の4·3は、初めて歴史の場所を取り戻すでしょう。

今回改正された特別法は、4·3という歴史の家を建てる設計図です。
まだ先は遠いですが、政府は4·3の英霊と生存の犠牲者、遺家族、国民の願いを込めて作った設計図を繊細に整え、誠実に履行していくことを約束いたします。

国民の皆さん、
済州道民の皆さん

4.3には二つの歴史が流れています。
国家暴力により国民の生命と人権を蹂躙した韓国現代史最大の悲劇が込められた歴史であり、平和と人権に向けた回復と共生の歴史です。

完全な独立を夢見て分断に反対したという理由で、当時の国家権力は済州島民に「アカ」、「暴動」、「反乱」の名をかぶせ、無慈悲に弾圧し、死に追いやっていきました。
「被害者」を「加害者」に変身させ、軍部独裁政権は弾圧と連座制を動員し、被害者が声を上げることさえできなくしました。

しかし4·3は対立と苦しみに閉じ込められませんでした。
生き残った済州道民たちは互いを抱きしめ助け、自らの力で春を取り戻すために努力しました。
和解の精神で葛藤を解決し、平和と人権に向けて絶えず前進してきました。

家財道具さえ残さずすべてを失った人々は、隣村の助けによって生計を立て、大工を借りて新しく家を建てることができました。
両親を亡くした子供たちは親戚や隣人が育て、木こり、畑仕事、祭祀と結婚式、学校を建てるといった大事は、村が力を合わせて行いました。
陸地に渡った人たちも、他国に行った人たちも物とお金を送って故郷の人たちを助けました。

共生の精神で互いに築き上げ、ついに4·3の真実を呼び起こすことができました。
半世紀ぶりにタブーを解いて、金大中(キム・デジュン)政府で真相究明と名誉回復の礎石を固めることができたのは、勇気を出した証言と行動が続いてきたからです。

2003年、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政府が政府レベルの真相調査報告書を確定して、大統領として初めて過去の国家権力の過ちに対して、遺族と済州道民に公式に謝罪することができたのも、そしてわが政府で4・3の真実により近づくことができたのも、長い間迷わずに、隣人と共にしながら一歩一歩進んだ済州道民と国民がいたからです。

今回の「4·3特別法」の改正もやはり、4·3を歴史の本来の位置に戻すために、すべての生者が互いの手を握ったからこそ可能だったのです。

済州特別自治道、済州道議会、済州道教育庁を含む124の機関と団体、宗教界、学生、政党をはじめ、様々な分野の済州道民が一丸となって、「4·3特別法改正を勝ち取るための共同行動」を発足させ、力を合わせました。

「全国市道知事協議会」、「全国市道議会議長団協議会」、「全国市道教育監協議会」が特別法の改正に声を合わせ、全国各地の市道議会でもそれぞれ要求決議案を採択して、済州道民の念願を叶えるのに力を添えました。
国会も与野党ともに力を合わせました。
「4·3特別法」の改正が与野党の合意で成立したことは、今国会の最大の成果の一つと評価されるでしょう。
この場を借りて、特別法改正に力を合わせてくださった各界各層の皆様に深く感謝と尊敬のご挨拶を申し上げます。

国民の皆さん、
済州道民の皆さん

今回の特別法改正により、1948年と1949年当時、軍法会議(軍事裁判)で受刑者となった2530人が、一括再審により名誉を回復する道が開かれました。
すでに2019年と昨年、2回の再審を行い、生存している軍法会議の受刑者25名の方が無罪判決を受け、70年の歳月の間かぶせられていたくびきから解放されています。
先月16日には、行方不明の受刑者の337人と、一般裁判の生存受刑者2人が、再審裁判で無罪判決となりました。

殺人的な取り調べと拷問を受けた後、名前だけを読み上げる裁判手続きを経て、罪人の烙印を押されたまま生きてきた約70年、幼い少年たちが90歳を過ぎた祖父になって初めて、「無罪」の二文字を抱くようになりました。

家族を失い、名誉と尊厳、故郷と夢を奪われた2162人の特別再審が、まだ残っています。
政府は、一人一人の真実究明と名誉回復、賠償と補償を通じて、国家暴力に奪われたものを少しでもお返しすることで、国家の責任を果たしていきます。

何をもってしても過去の悲しみをすべて癒やすことはできませんが、政府はさらなる真相調査はもちろん、受刑者の名誉回復のための後続措置にも万全を期します。
賠償と補償においても公正で合理的な基準を設けるために最善を尽くします。
今も行方不明になった家族を見つけることができず、もどかしい思いを抱く遺家族がたくさんいます。

数日前、カシ里で遺骸として発掘された3人を含め、これまで遺骸となって戻ってきた408人のうち、275人の方は今も身元を確認できていません。
政府は遺骸発掘事業とともに、遺伝子鑑識を支援して必ず故人を家族のもとにお返しします。

昨年5月から「4·3トラウマセンター」が試験的に運営されており、開所9か月で1万2千人の方がトラウマセンターに通いました。
犠牲者のお年寄りや遺家族の方々が、二度と思い出したくないあの日の記憶を取り出し、一人で抱いて生きなければならなかった心のしこりをほぐして行くといいます。遅れてしまいましたが、意味のあることです。

傷ついた方々の心を癒すために尽力してくださった済州4·3平和財団と4·3トラウマセンター関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
政府は関連法律が制定され次第、国立トラウマセンターに昇格し、多くの方々の苦しみが完全に癒されるよう支援していきます。

尊敬する国民の皆さん、
4·3生存の犠牲者と遺族の皆さん、
済州道民の皆さん。

4·3平和公園内の記念館には、まだ名前を持たない白碑が横たわっています。
済州島に73回目の春が訪れましたが、4·3がたどり付くべき道はまだ遠くあります。

空いている碑石にどんな名前が刻まれるかは分かりませんが、明らかになった真実は統合に進む動力となり、取り戻した名誉は私たちをより大きな和合と共生、平和と人権に導いていくという点だけは確かです。

済州に完全な春が来るまで、私たち皆が互いの手をよりしっかりと握りましょう。
ありがとうございます。


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